
見えてるのは覆屋(おおいや)で、この建物の中に内殿三社が鎮座しています。
覆屋、内殿とも国宝建築で平安時代後期の建造です。
覆屋は桁行五間梁行三間の流造檜皮葺、内殿は一間社流造の檜皮葺です。(神社建築として日本最古遺構)
伊勢の神明造から派生した平入の長く垂れ下がったファサードはプロポーションがとても魅力的です。(^^)v
内殿の右-菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、中-応神天皇、左-仁徳天皇。
講義を受けてる歴游会の日本書紀でも将来習うであろう菟道稚郎子と仁徳天皇の物語。
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(宇治上神社のHPより)
応神天皇の末の皇子であった菟道稚郎子は幼い頃から博識聡明だった。そのため父君の応神天皇が大切に手をかけて育まれ、皇太子となった。
しかし、応神天皇が亡くなられ、菟道稚郎子は兄である大鷦鷯尊(後の仁徳天皇)に天皇の位を譲られた。そして、現在の宇治の地に離宮を建て、一線から退かれた。しかし、大鷦鷯尊も「菟道稚郎子が、皇位を継ぐことは、応神天皇が定められたことなので、変えることはできない」と言い、3年間もの間、皇位を譲り合った。
国民は戸惑い、世の中も乱れ始め、菟道稚郎子は自身の行いで、このあり様をご覧になり、悲しまれ、心を痛まれて、「このまま私が生きていれば、世の中が乱れるばかりだ」と、自ら命を絶った。
これを知った大鷦鷯尊は、難波から急遽、宇治へお越しになり、驚きと悲しみの中、菟道稚郎子を手厚く葬られた。
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仁徳天皇も国民に寄り添った優秀な天皇でしたが、博識聡明な菟道稚郎子が天皇になっていたらその後日本はどうなっていたんでしょうね。ロマンは尽きません(*_*;

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